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忘れもの

当日用・持ち物リストを 作ったのですが、 その後も忘れものが頻出。 ・折りたたみ傘 出発地点と、到着地点では 天気が違うベルギー。 (日本もそうでしょうね) 傘を買いに行く、と決めて、 確かに家に在庫は増えたが、 雨の日の次の日に数えてみると 見事に減っていた。 というわけで、 持つのを忘れた快晴の朝、 ざんざん振りの到着地点で 再び、購入。 ・サングラス 秋は要らない気がして ついバッグに入れなくなって 数ヶ月、ここまで 日が傾くと再び必要になる。 最近、夕方、西に向かって 車を運転し、大変なことになった。 そのあとすぐに弾こうとしたけれど 目がチカチカした。 というわけで、 マフラーにコートなのに 何故かサングラス。 でも夏と同じものが 見事に似合わない。 冬用のサングラスってあるのか? (スキー用?) ・ヘッドフォンまたはイヤフォン 録音を聴いたり単に音楽を 聴いたり、電車で眠りたい時の 耳栓がわりなど…。 必要、とわかっているのに、 バッグに入っていたり 入っていなかったりする。 無いと困るのに、 持ち物リストにも入っていない。 そういえば、時々、 懐かしいCDウォークマン をバッグに隠し持っていきます。 違うCDが多すぎて、全部 スマホに入れる時間がないから。 そういう時はさすがに ヘッドフォンは忘れません。。。 でも何故かプレイヤーは隠し持つ。

次に何を

私が学生の頃は、 演奏会で弾かせていただく 機会がある場合は 先生がプログラムを全部 決めていました。 先生は何を弾きたいか、 全く私には訊きませんでした。 先生にとっては、 教育の一環で、全曲 新しい曲である場合が 多かったです。 演奏会が終わって 自分が次に何を弾くか、 決める時間というのは、 大人になってからは 自分の夢を盛り込めるので 楽しい時間です。 でも演奏会に向けて 勉強して準備していく期間は もう先生は自分しかいないので 一人二役という感じで、 「この曲大変すぎるんですけど」 「誰が選んだんですか」 「譜面を買ってくるのが 遅くなったから時間切れかも」 「この次は楽譜を買ってから プログラムに入れて欲しいんですが」 というような会話が 自分の中で取り交わされる。 「弾けるのかどうか わかってからプログラムに 入れるべきなんじゃないか」 と思う時に、 「だけど演奏会がなかったら どの時点で弾けるようになった と言い切れるのか?」 と答えるのもまた自分です。

ある日

狭いお部屋にいつも住んでいますが、 模様替えが好きです。 机の位置やソファの位置、 棚やベッドの位置など、 ある日、突然動かしたくなって、 家族と一緒になって動かす。 本も雑誌も大事に大事に 読んでは、読み返し、 保管していますが、 ある日、古い雑誌は廃棄して もう読まない本を売りたくなる。 洋服に関しても然り。 どれについても、 特に計画して、そうしようと しているわけではない。 いわゆる「断捨離」と違い、 「片付けてスッキリしました」 「お家が綺麗で良いです」 という結果をみなさんに お薦めする話ではありません。 ただ、時々突然、飽きるのです。 そうした時に自分が何を 求めているのか、 昨日までの自分と一体何が 違うのか、自分にもわからない。 その度に、気分転換のために ものを買ったり街に出たり、 色々な方法があるとは思いますが、 そのような理由でものを買うと、 簡単に満足を得られすぎて、 せっかくの「飽きた」心が、 何を欲しているのか あまり考えずに終わってしまう。 次の日の朝起きた時に 「ああ、これでしっくり 来るなあ」 と少なくとも数ヶ月は 思えるような、長持ちする変化や、 次に繋がる新しい環境は、 「自分はこれをここにこうやって 置きたい気持ちがある、何故ならば…」 などと、考える時間を費やしてようやく 整えることができるようなものなのではないか、 と思うのでした。 自分が、飽きた・枯渇した、 という事実をまず認める時、 私は「よし、やった!」と 手応えを感じます。 人と少し食い違った時も。 丸く整っていたものを ぐるっと裏側から見たい と感じる時も。 猫だって、飽

何を考える

音大時代に、ピアニストの友人が コンチェルト・トライアルという 学内コンクールに出て、 選ばれると次の学期に 協奏曲を学オケの一つと 演奏できる、という正念場の時に、 ヴァイオリニストの友人が、 「ね、xxちゃんってさ、 弾いてる時、何考えてるのかなって 思ってさあ!」 と、急に言い出したのです。 今、思うとやたらに哲学的な ことを言い出したのでしたが、 急に言われたxxちゃんは、 「えっえっ!?何って?! ピアノのこと考えてるんじゃないの?!」 と、なんだか、自信ないというか、 考えたことないこと聞かれた! みたいな反応でした。 または、実は、 夕ご飯のメニューを 考えていた?! いやそれはない。 私はそれからは、自分が弾く時に、 時々その時のことを思い出して、 可笑しくなります。 結局その回だったのか次のチャンスだったのか 忘れましたが、xxちゃんは お父様の大好きなラフマニノフの 協奏曲を、ご両親も聴きにいらした前で、 ちゃんとオケと弾いたと 記憶しているので、 ピアノのことをちゃんと考えて 最後まで弾ききったのだなと 思いますが、 そのシーンは私には 面白いコントのようでした。 自分が演奏している時に、 私は何を考えているのか? 自分、大丈夫かな? とか、 あっ椅子が滑る! とか、 譜めくり、遅っ! とか、 そんなことは考えますが、一度、 「あっ曲間では拍手なしって 言われたのに、 今、拍手入ったな! 気に入ってもらえたのかな!」 と考えた時がありました。 あとで録音を聴いたら、 なんと明らかに 「ゴミ屋さんの車が ゴミを砕くバリバリした騒音」 だったのです。 すごくな

本番のあと。

演奏会が終わったあと、 録音をそのうちに聴きたいから、 その時に使うために 私は譜面をそのまま カバンから出して 積んでしまいます (使い中の楽譜を 積む用の棚の一段が あるので)。 その譜面が上まで山積みになってから、 ようやく時代別、アルファベット順に 本棚に戻すのですが、 戻す前に必要になると、 その積んだ山から探すのは ひと苦労。。。 レジストレーションの 記されたポストイットも、 すぐに剥がすのに忍びない 気持ちになったりして、 なかなか譜面の整理整頓を さっさとすることができません。 毎日のように練習していたので 譜面を片付けるのが寂しいのかも しれませんし、 もう少し練習したいのに もう本番になってしまったから 片付けたくないのかもしれない。 ところがあるとき、 終わってすぐに片付けてみたら、 寂しくもなんともなかったのだった。 ちゃんと片付けてあれば、 すぐに必要になっても また出せば良いだけで、 不便でもなんでもなかった。 というわけで、演奏会のあと、 私は譜面をちゃんと 片付ける人になりたい、と 今は思っています。 それから編み物をしたり 友達とご飯を食べたり、 気持ちが変化するような 何かをすると、 寝る時にコンサートのことを 思い出しすぎて眠れない、 ということを 防げるかもしれません。 あとは、ゆっくり眠れますように! おつかれさまでした〜。

本番当日

最初にお話ししたいのは、 10年以上前のことですが、 教会でペンテコステに、 オーボエ奏者の人と 一緒に演奏したことが ありました。 2人で練習をして、 それからランチを食べて、 あと30分で始まる・・・ という時に、お腹が下って、 (ごめんなさい) 3回トイレに行ったけど もう弾けないくらい そのあとも何回も行かないと… という状態に。 オーボエの人が恥ずかしがらずに、 お薬持ってる方いませんか〜と 訊いてくれて、ミサが始まる直前に 教会員の方からお薬をいただけて、 お腹が止まって、弾けた。 ということがあったのだ。 それは、緊張してお腹が痛い というようなものではなく、 体験からすると、間違って 自分がアレルギーの 牡蠣を食べちゃった時に 近いものでした。 でも、もちろんランチに 牡蠣は入っていかったし、 そんな普通じゃないものを 食べていないのに、 そうなったのでした。 と、いうわけで、 それ以来、 当日の、直前の食事は、 『お弁当』が定番に なりました。 当日は、 ・お弁当を作る ・自分の家の鍵を忘れない (終わって、帰ってきたら 家に入れなかったことが数回 あった。昨日のリストに書き 足します…) ・可能ならウォームアップに 約2時間練習 ・待ち時間に手を冷やさない ・わくわくと楽しく過ごす! 以上!本番、うまくいきますように! お祈りしています!

本番前日*バッグの中身

前日は持ち物を用意して、 持っていくバッグを決めます。 自分は以下のようなリストを 用意しています。 もちろんいつも全部のものが 必要というわけではないので、 チェックが全て入る必要は 全くないです。 実際、最初の三つはまず 忘れないですよね。 でも、四番以下のものは、 忘れたことがあるもの、 多々あり。 なくてもなんとかなるのかも しれないものもありますが、 忘れて後悔することもあります。 必要かどうか自分に問うために リストにしています。 1・衣装 2・靴 3・楽譜 4・録音機 5・電池 6・クリップ式譜面ランプ 7・筆箱 8・ポストイット 8・ハンカチ 10・手帳 11・名刺 12・チェンバロのチューニングハンマー 13・チェンバロ用チューニング機 14・眼鏡・老眼鏡 15・コンタクトレンズの替え 16・化粧ポーチ 17・販売用CD 18・サイン用マーカー 19・免許証 20・航空券やチケット 21・パスポート 22・小さなお土産 23・食料 24・水筒 何か他にもありそうな気がしますが… 電車の中で読む本とか? 泊まりの時は私は読まないと 眠れないので小説は必須ですが、 すぐ、持っていくのを忘れ、 ホテルの部屋によく置いてある バイブルを読む羽目に (文句は言うまい)。 せっかくなので今日から リストに付け足しておきましょうか。 25・読む本 皆さんはどんな持ち物が 演奏会当日必須でしょうか? さて、持ち物を準備できたら、 しっかり食事をして当日に備えたい。 前日にちゃんと食べていれば、 万が一当日食べる余裕がなくても なんとか弾けるものです。 では、明日は当日について

本番の二日前まで(6ー10)

最初にはっきり書きたいことは、 どうやってリラックスするか、 考えるということです。 もちろん追い込みで練習したい人は、 たっぷり練習しちゃってかまいません。 けれども大事なのは、神経を キリキリさせないということです。 そうしないと、脳が、 良い演奏なんてできないよ状態に なってしまうからです。 と、いうわけで、 本番の2日前までに利用できる、 第6か条目から第10か条目まで、 書いてみます。 *(昨日の続き です)* 6・早起きしすぎない。 可能なら朝寝をして、 午前中はのんびりする (演奏会は大体、夜にあるので、 夕方から元気になってくると 自然に演奏しやすい)。 7・本番の曲を録音してみて、 それを我慢強く、譜面を見ながら 聴く。鉛筆を手に持ち、譜面に 書き込んだりして自分にレッスンを つける (コンサートが例えば45分なら、 録音は55分ほどかかる。それを聴くのだから 55分かかるところ、録音を止めながら 譜面に書き込んだりしていると必ず70分は かかる。我慢強くというのは、 途中で「こんなの聴いてる暇あったら 練習した方が良くないか?」と 焦ってしまうかもしれないが最後まで 録音を飛ばさずに聴けば必ず得るところが あるからです。はっきり言って希望を 見失う気分になるときもありますが、 とりあえず、他人だと思って聴こう)。 8・気に入った演奏をできたなら その録音を何度も聴いてもいいから 手を動かしている時間は減らす (筋肉を休めます)。でも録音の おかげで、聴いていない間、弾いていない間も 頭の中は音楽が鳴り続けるので、 練習は続いている。 9・そして、自分が創り出

本番の準備(1−5)

昨日のブログ を元に、 チェック・リストを 作ってみることにしました。 この先 #100DaysMusic の第20日目から クリスマスまで、いろいろ 演奏する方もいると思うので、 利用してもらえたらいいなと思います。 ***本番一週間前までに すること五ケ条*** 1・楽譜を演奏順に並べて準備し、 当日までバラバラにしない (例・一曲だけ使うことがあっても、 その日のうちに使い終わったら同じ バッグに戻す、あるいはファイルから その曲を抜かずに、ファイルごと 持って行って使う) 2・演奏をする場所での リハーサル時間を確認し、 手帳に書き込み、その日の 周辺予定も書き込む (家を出る時間、車あるいは 交通手段の時刻表確認、休憩時間。 ただし、特急券とか航空券が要る人は もちろん何ヶ月か前に 取りましょう) 3・当日どこで食事をとるか だいたい予想をつける。 教会やホールの場合近くに 店やカフェがあるか調べる。 またリハーサル時間外に 開店しているか調べる (調べられなかったり、 とても食事できそうもなかったら、 当日行く前にお弁当を作るか買うか、 それにかかる手間も時間も目安をつける) 4・丸一日ぶんの水用のボトルが あるかチェックする。 水を買う人は当日買えばいいと 思わずに、ちゃんと先に買っておく。 リハーサル当日は、できるだけ 音楽のこと以外考えないように できるようにしましょう 5・ドレスコードを 確かめ、靴まで用意する。 合唱や室内楽なら 他の人の服装も確かめる。 オルガンでペダルを使うか どうかも含め、 ワンピースなのか オールインワンなのか パンツなのかスカート

本番の準備

11月1日に有志で始めた、 #100DaysMusic も、とうとう 20日目を迎えます。 楽しんでますか〜! 私はとっても楽しんでいます! さて、20日間は100日間の5分の1。 弾いている曲の5分の1ぐらい 練習できた人、 弾いてみたい曲の勉強を 始めるために指慣らしを できた人。 みなさん富士山1合目、 おめでとうございます。 と言いたいけれども、 いつも私が思っていたのは、 富士山は五合目まで登ると、 そこで体力が全部終わってしまわないのか? ということ。 降りるときも五合ぶんありますよね? 山を下るのも大変な道のり。 というわけで まだまだこの先 色々ある季節でもあるので 二合目も、是非のんびり いきましょう!! 私は次の20日間の間に 本番が二回あるので、 本番の前にどんな心構えや どんな準備をするのか? について、 少し書いてみたいと思います。 それは私の生徒さんにも 読んでもらいたいので 後で仏語でも訳したいです (翻訳について、少し訂正しました)。 とりあえず、本番の準備と 普段練習の違いを一言で述べると、 「実験は終わりだ」 ということ。 一度弾き始めたら最後の音まで 時間をさかのぼれないというアートなのだ というところに、ある日決心して 切り替えて、当日まで集中していきます。 私は合唱と室内楽の演奏会に、 オルガンリサイタルの二つがあるので、 下準備状態になっている曲たちの 顔を別々にしっかり見ていきます。 最初にするべきは、 譜面を演奏順にならべて それぞれ、ファイルにする。 ファイルにできない場合も 譜面がバラバラに ならないように、 バッグに入れて持

リアルさ

本当に言いたいことがあって 何か言っているひとには 納得させられる。 演技だとしても その瞬間は 「本当に言いたいことがあるのだ」 と信じ込んで演技するからこそ、 しっかり説得させられる。 演奏でも、最初の1音から、 そのリアルさは明らかだ。 何をどういう風に 「聴かせるのか」を 考える以前に、 自分の体内のセンセーション、 それを意識的に 肉体に了解させている演奏しか、 聴いている人の心を 一瞬で掴めない。 けれども若いときには、 自分が本当に言いたいことは 人々の納得に値しないような 気がしていた。 値しないようなものだけど… と感じている心の ピュアさも思い込みも悪あがきも、 全ては生々しい本当の感情。 それ以外に何を使う? それ以外に言いたいことがある? だいたい、人生のどの時点で、 本当に言いたいことが 価値ある内容になっていくというのか? 疑う人、決めかねている人には、 私はそう訊いてみたい。 本当に言いたいから、 価値ある内容なのではないのか。 本当に言いたい、と 体の中から 皮膚の表面から 喉の奥から 「感じるかどうか」 問うための時間を、 表現者なら毎日取りたい。 そうしたものを 「出したり入れたり」 できる技術は、 案外、時間をかけてしか、 ついて行かないものだと思う。

続・会いたい

憧れの人、後半。 ・その歌手は夫たちには超不人気なのですが、 フィリエ仲間の間では一致して 「いいよね〜!」 基本的に、声が好き。 息がどこまでも続く不思議。 装飾音とか有りえない美しさ。 生で、聴いて、会ってみたい! 録音しか聴いたことはない! ・そのバレリーナは 一度舞台を見てみたい度 ナンバーワン。しかし ロンドンのロイヤルバレエなので よほど真面目にチケットを 予約しなければ、 まず観るのは不可能 (やる気あるのかないのか!)。 ・どの作家が好きか、は、 随時変化があるのですが やはり会ってみたいとなると、 彼しかいない。健康で、 長生きしてほしい。 幸せであって欲しい (随筆を読みすぎて、 ほぼ家族みたいに親しみを 勝手に覚えている)。 ・どの絵本作家が好きか、 も激戦区過ぎてなかなか 厳しいけれども、やはり お会いしたいほどのこの人物は 1979年に亡くなられている。 いつかイギリスにあるらしい お墓をお参りに行きたい。 線が好き。色が好き。形が好き。 人間の表情が好き。物語も好き。 ・その漫画作家は、お会いしたいかと 訊かれたら、答えはいいえかもしれない。 現在の作品より以前の作品が好きだった。 でも絵は誰よりも好き。 背景と人物と、 もの(楽器に至るまで)の、 全てのコマが好き! ・その画家はもう巨匠すぎて お会いしたいとかそういうレベルではない。 もちろん1944年に亡くなられているので、 会うのは無理に決まっているのだし、 「憧れの人」リストの中では最も 年かさ(と言っていいのか)だが、 作品の前に立つと、 ばああーんん!! とそこにその人がいる、という 生

会いたい

昨日のブログで 憧れの「スター」たちについて 考えたら、楽しい気持ちに なってしまったので もう少し詳しく書きます。 個人名はまあ、それぞれ 想像してみてください。。。 お勧めするという 意図ではないので そこは省略します。 ・その作曲家は2001年に 亡くなってしまっているので、 ファンになった時には もう他界されていた。 オルガン作品はないのですが 譜面をつい、買って来てしまう。 会ってみたかった。 どんな人だったのか。 ・そのオルガニストも2015年に 亡くなってしまいました。 個人的にお会いすることができたし その人の師匠の系統と自分の流派は 共通性があるので、理想の演奏が そこにあると感じる。 録音も良いが、ライブが特に 素晴らしかった。 ・そのピアニストはまだまだ若いので たっぷり演奏することでしょう。 ベルギーにもいつか来ると思うので その時にはCDを買い、 ちゃんとファンらしく、 演奏会に駆けつけるつもり。 会いたい!生で見たい! ・そのクサヴサニストは私が 大学時代にデビューした人。 世界一すばらしいと言っても 過言ではないので、 却ってファンであることを 公言する必要もない。 会いたいとは特に 思わないケース(立派になりすぎた) ・その音楽教師も1992年に 亡くなられた。 この時はあまりにも急で ヨーロッパ音楽界が震撼し 喪に服した…気がする。 今でも自分の中で その火山のマグマのような教えは 生き続けている。 また会いたい。。。 ・そのヴァイオリニストは、 単にミーハーに大ファン。 生で聴くのが夢。 CDもちゃんと買っています(2枚だけど)。 1985年

憧れの人

憧れの、 ・作曲家 ・オルガニスト ・ピアニスト ・クラヴサニスト ・音楽教師 ・ヴァイオリニスト ・弦楽カルテット ・オーケストラ ・合唱団 ・歌手 ・バレリーナ ・作家(日本語) ・絵本作家(何語でも全部込み) ・漫画作家 ・画家 ・演出家 ・男優 ・女優 あたりは「ファン活動」に疎い私でも、 名前を一人ずつ言うことができる。 と、思ったら、 「あ、あの人、あの人…」 と、最後の女優の名前が 出てこなくて焦った。 かれこれ25年前に見た映画で ファンになったのだ。 まあそのあと 「追っかけ」ていないので さすがに名前を忘れる。 けれども相変わらず イメージは鮮明で、 目を瞑れば彼女の演技も声も 映画の中の光の色も 鮮明に思い出せる。 「ファン活動」や「追っかけ」を してみたい心がないわけではない。 高校時代には 薬師丸ひろ子の映画を 観に行ったり カセット・テープを買ったり スタニスラフ・ブーニンの ピアノリサイタルを 聴きに行ったりも、 一応、しました。 (今はその二人の ファンというわけではない) が、その二件以外、 「いいな」「好きだな」 と思った「人」に、 購買という形で ちゃんと感謝を還元できていない。 (それが最低の「ファン活動」 であると考えた場合) ラジオで聴いたり、 新聞や雑誌で 名前を見聞きするたびに、 「いいなあ」「素敵だなあ」 「頑張れ」「応援してます!」 という気持ちを、 心の中で温めるだけです。 例外的に、作家の場合は、 言わずもがな、もちろん作品を購入している。 しかしそれはファン活動とは言えない。 本を買うのは、ファンだから というわけではな

ピアノ

最初は、やりたい楽器として、 ピアノを自分で選んだのではありません。 母が幼い時、習い始めたけれど、 練習楽器がなくて挫折したというピアノを、 私が幼稚園の時に始めさせてもらいました。 最初に買ってもらったのはエレクトーンでした。 それから数年後に先生を変わって、 母方の祖母がピアノを買ってくれて、 それからはピアノの音が大好きだった。 小学校では「蚊の泣くような声」と言われ、 ピアノも大きな音は苦手でした。 叩いた時いい音にならなくて、 リズム的に苦戦していた。 それで先生を失望させてしまったけれど、 私は耳がたぶんよく聞こえたのだと思います。 自分では十分、大きい音で弾いているつもりだったし リズムが少し遅れても、全部思うような音色で 打鍵したいという気持ちが優先していた。 小学2年生の時に、何故か、 修了アルバムに 将来の夢・ピアニスト と書いてあるのを、 あとで見つけました。 その時何を考えていたのかは わかりません。 学校では国語が圧倒的に得意で 音楽は成績はまあまあでした。 小学6年生の時に ショパン・コンクールを聴いて 当時22歳だった ダン・タイ・ソンの演奏に 感動して、言うに事欠いて 「私もあと10年あれば このぐらい弾けるように なると思う」 と母親に言ったのは 一体何だったのでしょうか。 私は自信があったわけではないし、 今も特に自信はないです。 今はオルガニストですが、 ピアノを弾くと今でも 昔のことが蘇ります。 ピアノを弾いていると、 悲しい時も慰められたし、 安心できた。 さらに言うと ピアノを弾くと、 ああ、自分だな、 という気持ちになれたし、 今

そのまま

そのままになっていること いつか続きをしたいと 思うこと そのままになっていること またお会いしたいと 思う人 そのままになっていること 作ってみたくて 買った料理の本 何か共通点があるとしたら 終わってほしくない、 と心の底でたぶん 思ってしまうこと そういうわけで 続きをしていない お会いしていない 作っていない というわけでは 決してないのに。 続きをしたいし、 お会いしたいし、 作って食べたい。 終わってしまっても、 「終わらせることができた」 と思えるぐらい 長い間そのままに なっているのだから 大丈夫。

近況!

以前、ブログを書くときは、行替えをせずに、こうしてどんどん書いていました。これはお喋りをするのに似ています。何も考えずに書いて行く!と、いうわけで、近況です。11月1日からやっている #100DaysMusicチャレンジ は12日目になりました #Day12 。下は10歳のオルガンの生徒さんから、上は??歳の本職オルガニストの方々まで、私の家族も巻き込んで「毎日ちょこっとは練習する!」行為を1日も欠かさずに、クリスマス、大晦日、お正月も突破して行こうよ!と言う、謎の、しかし冬にもってこいの、仲間遊びです。冬は寒くて指がかじかむので、楽器練習をしにくい季節でもあるし、また、オルガニストには忙しい季節のため、自分のための練習がおろそかになることが多いから、敢えて、冬にやってみる、というのは後付けで、単に、一人でやっているとつまらないな、と思ったから仲間を募ったのです。フランス語では、練習をレペティションと言い、それは「繰り返し」という意味なので、練習することの楽しさが浮かびにくいという問題もあります。仏語圏の人たちは、名称負けして「レペティション嫌い」になっている場合もあるぐらいです。しかし、この行為に新しい名前を与えることができたとしても、練習が「繰り返し」の繰り返しであることは否めないので、それは本質的な問題ではないですけれど。 「レペティション」そのものが目的になる遊びをすれば、繰り返すことを嫌がらない機運が生まれるかもしれません。私はどちらかというと練習をしている自分に酔えるタイプなので(めちゃ便利)ただ繰り返し練習していてもかなりの高揚感があります。しかし体力が底なしだっ

時々

ときどき、 徹夜をしたくなる。 一人暮らしみたいに。 ときどき、 早起きをしたくなる。 村上春樹さんみたいに。 ときどき、 ベッドに朝ごはんを持って来て もらいたくなる。 病気の日みたいに。 ときどき、 陽が落ちても 電気をつけないで 過ごし続けたくなる。 停電の日みたいに。 それぞれ、 ルーティンにはまって 感情がなまりそうになるのを、 せき止めるのに役立つ 何かがあるのだと思う。 深夜の静寂だったり 早朝の痺れそうな寒さだったり 目をつぶったまま嗅ぐ コーヒーの香りだったり 自宅なのに暗闇で見ると 他人の家のように感じたり 人間は気軽だな。

音の名前

7歳の、オルガン初心者の子供に、 鍵盤の黒鍵に当たる、 シャープとフラットを教えた。 ソルフェージュの授業では、 シャープが出てくると 耳で聞いた音が「歪む」感じは みんな持っている。 でも、「半音上がる」と 理論的に考えて、 鍵盤でここ、という具合に、 すべての情報をつなげて、 鍵盤で音を見つけられる子は少ない。 ファを弾いた後で、 鍵盤では右に一つ行くと 「半音上がる」から、 ファのシャープを弾き、 ソを弾いた後で、 鍵盤では左に一つ行くと 「半音下がる」から、 ソのフラットを弾いて、 ファのシャープと ソのフラットは 「同じ音だね」 「同じ音に名前が二つあるね」 そういう風に少しずつ理解していく。 ところがその7歳の子は、 「だけど、今こうやって弾いたこの音が ファのシャープ、ソのフラットのどちらなのか、 どうすればわかるのですか」 と訊いた。これは、なかなか 訊かれない質問なので、 私はおお!と思った。 相手のあどけない顔を 見ていると、なぜか、今まで したことのない説明をしたくなって、 「ソラシドレミファ#ソって弾いたとき、 弾かなかった白鍵はなに?」 「ファ!」 「でしょ!だからこの音はソbじゃなくて ファ#なんだよ!だってソは使っちゃってるもの!」 「そっか!わかった!」 そこでわかった!と言ってくれたことは、 作曲の基本の考えにつながる。 クラシックをやっていると そうではない、と言う道には行かない。 「ソラシドレミソb ソ♮」 でもいいじゃん、 と言われたら、 「あんたそれじゃ6音音階に なるよ!大変だよそれは!」 とちゃんと脅せたか、 わからない。

避難訓練

ベルギーの音楽アカデミーで、 初めて非常ベルが鳴って 避難訓練がありました。 小学校に間借りしている アカデミーなので、 小学校の放課後に 学童保育のような 残っている子供達と そちらの学校の先生や 校長先生と、 アカデミーの先生たち、 校長、生徒たちが、 校庭に逃げました。 避難訓練なんて 生まれて初めて、 全員が言っていました。 時々、テロ情報の影響で、 戦車とか兵隊とか 非日常な場面に ブリュッセルでは 直面します。 今回の訓練も地震とか 火事の避難練習では ないだろうと思うので (今までになかったのだし) テロ情報に備えているのでしょうか。 何か情報があったとは 思えないのんびりした 避難訓練だったので、 実際は具体的な訓練とは 言いかねる感じで、 ホッと出来て 良かったです。 けれども私は子供時代の 避難訓練を思い出して、 「日本だと子供に喋らずに 避難するように言います」 と言ったら、校長先生は、 「日本人じゃないんだから、 それは無理」 と言った後で、 「でもこの次は走っちゃダメ、 と教えようと思う」 とおっしゃっていました。 日本人じゃないんだから は、笑った。

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