歌うオルガン


昨年はフィリエ(歌二人とガンバとチェンバロのグループ)で、クープランのプログラムを一年間演奏しました。日本でミニツアーをすることもできて、その時のことをメンバー持ち回りで書いていたブログの「日本の旅の最終回」今日上がりました。昨年はフランソワ・クープランの生誕350年だったことが2017ー18年にそのプログラムを選んだ大きな理由でしたが、これは本当に大きな企画で、いくつかの音楽的難関を4人で突破する体験になりました。

クープランが私たちを器楽的声楽的なギリギリまで追い詰めてくれる役割をしたのだとしたら、今年のフィリエのプログラムは真逆に舵を切って「音楽家がまず『歌う人』だった時代」ルネッサンスにどっぷり浸かって、みんなが器楽と声楽を操る500年前の世界に挑戦しています。

今月末と2月の初めの「今まで弾いていたのなら、今度は歌いましょうよ」という題の演奏会は、オルガン作品の、当時の流行歌に題材を取った曲を、原曲を歌うことを基本にして「再考する」内容です。ダウランドの「涙よ流れて」とスウェーリンクの「涙のパヴァーヌ」など。ブリュッセルのBSOオルガンフェスティヴァルの一環として、演奏会場ではなく教会でもない、もと屋内野菜市場だったHalle St Géry に、大きなポジティフオルガンとチェンバロを設置して演奏します。だから一見オルガンがメインに見えますが、私たちは太鼓を叩きタンバリンを振りながら4声で合唱しながら入場して、午後のまったりした憩いの時間をカフェやショップで過ごしているHalle St Géryの皆さんにひと時のエンターテイメントを楽しんでもらおうという趣向なのです。オルガンフェスティヴァル真ん中の土曜日で、オルガン探訪のいくつか連なっている午後なので、オルガン好きのお客さんももちろん来場されますが、そのHalle St Géryは普通にブリュッセル市が運営している一般の憩いの場なので、チケットなども必要なく、いわゆるハプニングのような感じで色々なお客様がいきなりルネッサンスのオルガン曲を聴くことになります。オルガン、チェンバロ、リコーダー、ガンバの普段のフィリエの楽器の他に、太鼓、ハープ、リュート、タンバリンなどの小道具(ちょこっとは弾きますが、主に小道具として使用)や衣装を工夫して、テレビの歌番組「ザ・ヴォイス」みたいなものは知ってるけれども、みたいな人たちにも45分間楽しんでもらいたいと思っています。

歌は最初だけ私もイタリア語で、あとはエリザベスとタチアナがオランダ語、フラマン語、フランス語、英語で歌い、作品はオランダ、スペイン、イタリア、イギリスのもの。一体どうなるのか。練習を重ねていますが、未知のスタイルへのフィリエの挑戦はことにも続きそうです。暗譜で歌うとか暗譜で弾くとか、ポップスやジャズの人たちはするのが当然のことを、やってみたいなあと私も憧れていたので、色々盛り込んでいますが、実際クラシックの演奏家をやっていると枠の中で収めがちでつまらない気もして、そんな感想をフィリエのみんなとは共有することができたので、企画してみたのでした。

昔々自分が書いたブログに、「歌っているように聴こえるオルガン演奏をしたい」といつも願っているという記事がありました。こうして、歌を歌う人とグループを組んでみたら、本当にオルガンの曲に合わせて、歌詞がオルガンの譜面に書いていないのに組み合わせると歌える曲があるのでそれを歌ってもらって、一緒に弾いていると歌なのかオルガンなのかわからなくなってしまう箇所があるのです。それはメタフィジックな意味で「歌うオルガン」なのではなくて、本当に「歌っている」としか表現のしようがないオルガン演奏なのでした。普段からタチアナとエリザベスは「あら?今のどっちの声かしら」とわからなくなるぐらい似た声を出すことがあって一緒に弾いているとハモリ感がすごいのですが、そこにオルガンとガンバもオーケストレーションされて、ルネッサンスのオルガン曲をオルガン曲として「共に歌う」体験になれば良いなと考えています。

オルガンの原曲を知っている人たちには、聴いていると全ての音が原曲通りだしオルガンが総ての音を弾いているのに、オルガンだけが弾いていたら歌詞がなかった部分の、言葉の意味も浮かび上がったのだ、という驚きがもたらされたら良いなと思うのでした。

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(追記)

演奏会のメークのこと

自分は、基本的に、普通の日のメークに、チークと口紅だけ綺麗目に乗せる感じですが、フィリエのみんなは普段はほぼノーメークなので、演奏会の時だけお化粧しているみたいです。

昨年4月に森の中でCDジャケットの撮影があった日に、上のポスターの写真の日ですが、出発前、エリザベスが「見て、私のシャネルのキャトル・オンブル(アイシャドウで、4色の丸いのが入ってる小さい黒い四角いパレット)結婚式の時のやつだよ!」と言うので衝撃的だったのだけど(何年前の!)ちゃんと色も変わってないしアレルギーにもならなかったみたいでした。見たけど私の昨年買ったキャトル・オンブルより減ってなかった。そして私がつけていたシャネルのスティック状の優しいピーチ色のチーク(23番)を見て、「あっそれ貸して」と言ってエリザベスが使い、鏡に向かっていたローラがそれを見て「あっ私も貸して」と言ってそれを使い、ちゃんと自分のクリニークのジンジャー・ポップを持ってきてつけていたタチアナ以外3人とも同じチークだったのです。しかし私たちは肌色がかなり違うため全く同じ印象にはならず、さらに、私が一番演奏会で使うルージュココシャイン98番を塗ったら、私も私もとローラとエリザベスで順番につけたのはいいが、森の中に入ったら全然光が違うので全員役に立たず、私が予備で持ってきていたゲランの68番など何色かを「これでいいか」的にみんなで塗り直して撮りました。

お化粧って必然的に「この光ならこれでちょうどいい」というふうに目で加減するものなので、いつもの化粧でも昼か夜かで随分違うし、元の唇の色によって、口紅の発色の仕方は面白いほどに違います。極めようと思ったら多分底なしに深い分野なのだろうとは思いますが、さんざんお化粧が楽しいとかここに書いておいて何ですが、私は結局のところ「何か色が付いてればいい」という基本姿勢のようです。雑すぎるけどまあ音楽第一だからこうなってしまうのだと残念ながら思います。

それに何色にしたところで、大事なのは血色よく見えることだし、肌を綺麗にできることが一番こういうのに目覚めて良かった部分だと思うので、今度はスキンケアのことも書きたい。


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