リアルさ

本当に言いたいことがあって

何か言っているひとには

納得させられる。


演技だとしても

その瞬間は

「本当に言いたいことがあるのだ」

と信じ込んで演技するからこそ、

しっかり説得させられる。


演奏でも、最初の1音から、

そのリアルさは明らかだ。


何をどういう風に

「聴かせるのか」を

考える以前に、

自分の体内のセンセーション、

それを意識的に

肉体に了解させている演奏しか、

聴いている人の心を

一瞬で掴めない。


けれども若いときには、

自分が本当に言いたいことは

人々の納得に値しないような

気がしていた。


値しないようなものだけど…

と感じている心の

ピュアさも思い込みも悪あがきも、

全ては生々しい本当の感情。


それ以外に何を使う?

それ以外に言いたいことがある?


だいたい、人生のどの時点で、

本当に言いたいことが

価値ある内容になっていくというのか?


疑う人、決めかねている人には、

私はそう訊いてみたい。


本当に言いたいから、

価値ある内容なのではないのか。


本当に言いたい、と

体の中から

皮膚の表面から

喉の奥から

「感じるかどうか」

問うための時間を、

表現者なら毎日取りたい。


そうしたものを

「出したり入れたり」

できる技術は、

案外、時間をかけてしか、

ついて行かないものだと思う。

16 views

Recent Posts

See All

2020年春の日記

3月1日(日) 教会で、子供達に「砂漠を40日歩こう」の歌を教える。 私の仏語の発音を一つ、小さい子が(小さい声で)直してくれた。 か…可愛い〜。心がほっこりした、受難節第一週の日曜日。 3月2日(月) オルガンコンサートのアシスタント。 フランツ・リストの作品を聴いていたら、 疫病の多い時代、リストも苦労したよねと急に思う。 数日後に日本に行く予定なので、午後は春服を何枚か買った。 でも、音楽院

間(ま)のことは、 音楽の人も 文学の人も ダンスの人も、 いつも考えている。 美術の人も 考えているらしい。 武術の人も スポーツの人も 考えていると聞いた。 間とは何か? 音楽では 音がない時間 と定義できる。 自然に存在する沈黙と違い、 音楽の間は、 音と音で区切られた沈黙になる。 オルガンはリリースを 指をあげるだけでできるので、 間の前の音の長さを 精密にコントロールできる。 すると 次

© 2023 par Jus de Fruits. Créé avec Wix.com

  • Instagram
  • YouTube - Gris Cercle
  • Gris Twitter Icon
  • Facebook - Gris Cercle